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福岡地方裁判所久留米支部 昭和43年(ワ)18号 判決 1969年12月22日

原告

古賀良昭

被告

井樋一馬

ほか一名

主文

被告等は、原告に対し、各自金六四七、七〇〇円およびこれに対する昭和四三年二月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを九分し、その八を原告の、その余を被告等の各負担とする。

この判決は、原告において金一〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、被告等に対し、その勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告等は、原告に対し各自金五、五七三、〇〇〇円およびこれに対する本訴状送達の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。との判決と仮執行の宣言を求め、その請求原因を次のとおり述べた。

一、本件事故の発生

原告は、昭和四一年三月二六日被告晶行運転にかかる普通乗用自動車福五さ五四八〇(以下被告車両という。)に同乗して国道三号線上を熊本方面より北進中、同日午後一〇時三〇分頃、熊本県鹿本郡植木町大字植木二二四番地先路上において、被告晶行が同車を対進中の訴外清田勝義運転にかかる普通貨物自動車熊四な八〇五八(以下相手車両という。)に正面衝突させたため、頭部外傷第Ⅲ型・脳内出血・顔面挫創・右手第二指第一指骨々折等の重傷を負つた。

二、責任原因

(一)  被告一馬は、被告車両の所有者である。

(二)  被告晶行は、普通免許を有しないで、被告車両を時速約四〇粁で運転し、先行車と約一五米の間隔をおいて追従していたが、かかる場合自動車運転者としては、前方を注視し、先行車との追突を避けうる程度の車間距離を保ちながら進行するは勿論、対向車の有無に留意して事故発生の危険を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然同一速度で追従し、先行車との間隔約七米に接近してはじめて追突の危険を覚え、狼狽の余り対向車の有無を確めないまま道路右側部分に進出した過失により、被告車両を相手車両に正面衝突させた。

(三)  従つて、被告一馬は、自賠法第三条により、被告晶行は民法第七〇九条により、それぞれ被告晶行の前記不法行為により原告が被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

三、損害

(一)  休業補償 金一、三三三、〇〇〇円

1  原告は、月平均賃金四五、〇〇〇円の収入を得ていたが、本件事故のため、昭和四一年四月一日から昭和四三年一二月末日まで稼働不能となつた。従つてその間に得べかりし収入は、金四五、〇〇〇円の三三ケ月分合計金一、四八五、〇〇〇円となる。

2  その後原告は、被告一馬から、休業補償金として、合計金一五二、〇〇〇円の支払を受けた。

3  よつて、その残額金一、三三三、〇〇〇円の休業補償を求める。

(二)  後遺症による逸失利益金三、二四〇、〇〇〇円

1  原告は、本件事故のため頭痛、眩暈、歩行困難、記銘力減退、ノイローゼ等の症状を伴う頭部外傷後遺症と右手第二指第一指骨々折により第一指関節に著しい運動障害がのこつたので、その稼働能力は半減した。

2  原告の就労可能年数は三〇年であり、年五分のホフマン式係数は〇・四である。

3  よつて、前記月収金四五、〇〇〇円の半額金二二、五〇〇円の一二ケ月分二七〇、〇〇〇円に、右就労可能年数三〇年とホフマン式係数〇・四を乗じると、後遺症による逸失利益の現価は、金三、二四〇、〇〇〇円となる。

(三)  慰謝料 金一、〇〇〇、〇〇〇円

原告は、昭和三七年から井樋組に勤めている者であるが、本件事故により前記重傷を負つて意識不明となり、本件事故以来昭和四一年四月二七日まで入院加療を受け、翌日から同年七月一八日まで通院加療を受け、再び翌日から昭和四二年一〇月二二日まで入院加療を受け、翌日以降通院加療中の身であり、前記後遺症のほか、顔面に数行の瘢痕あり醜ぼうを呈するにいたつた。原告等親子三人は、姉の婚嫁先に寄寓し、妻の月収金一五、〇〇〇円余で窮口を凌ぐ悲惨な生活状態にあり、原告の肉体的精神的苦痛は甚大である。

よつて、原告は被告等に対し、前記不法行為に基く損害賠償として、各自金五、五七三、〇〇〇円およびこれに対する本訴状送達の翌日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

四、被告等主張事実第四項は争う。

被告等訴訟代理人は、「原告の各請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告主張請求原因事実第一項は認める。

二、同第二項のうち、(一)は認めるがその余は争う。

三、同第三項は争う。

四(一)  井樋組(代表者被告一馬)は、国から熊本県菊池郡七城村所在宮園橋の架替工事(以下本件工事という。)を請負い、訴外森田重一を現場責任者として、右工事を施行していたが、原告は鉄筋工兼雑役工として、右工事に従事していた。

(二)  被告晶行は、事故当日の夕刻右森田から、熊本市内の宇部生コン株式会社(以下生コン会社という。)に架電して工事に必要な生コンを早く持つて来させるよう指示を受けたので、いつも利用している出田商店(約八〇〇米離れている。)の電話を借りるべく、無断で被告車両を運転して近くの旧宮園橋まで行つた際、たまたま被告一馬から服務の懈怠を叱責されて現場に戻ろうとしていた原告に出会つたが、原告は被告一馬の命に反して職場に戻らず、被告晶行の無免許運転を承知で勝手に助手席に乗り込んでしまつた。

(三)  被告晶行は、出田商店から架電して所用を果し、直ちに引返そうとしたところ、職場復帰を嫌つた原告が熊本市にある生コン会社まで行こうとすすめるのでその気になり、国道三号線附近に来た際、無免許運転に対する自責の念と国道上の危険を慮つて引返えそうとした。しかし、原告は夜だから構うことはないと言つて、ためらう被告晶行に熊本市まで運転するように慫慂したので、同被告もその気になり、生コン会社に行つての帰途本件事故を起すにいたつたのである。

(四)  このような諸事情に鑑みると、被告一馬は被告車両の当該運行について「運行支配」と「運行利益」を有せず、また原告は、自賠法第三条にいう「他人」に該当しないから、同被告は、運行供用者責任を負わない。

よつて、原告の本訴各請求は失当である。〔証拠関係略〕

理由

一、本件事故の発生について

原告主張請求原因事実第一項は、当事者間に争いがない。

二、責任原因について

(一)  被告井樋一馬

1(1)  交通事故における被害者と加害者間の損失負担の実質的公平を図るためには、危険責任、報償責任の思想に基き、抽象的・一般的に当該自動車の運行について運行支配、運行利益亨受の可能性ある地位に立つとみられる保有者をもつて自賠法第三条にいう自己のために自動車を運行の用に供する者であると解し、かかる運行供用者は、事故以前にいわゆる泥棒運転等により当該自動車に対する自己の支配を喪失する等、右地位が消滅したと認めうる特別事情の存在を主張立証しない限り、損害賠償責任を免れえないものと解するのが相当である。

(2)  そして、被告車両が被告一馬の所有であることは当事者間に争いがないから、同被告は、自賠法第二条第三項にいう被告車両の保有者に該当することが明らかである。

(3)  そして、被告車両が運行の用に供されていた際に本件事故が発生したことは、前記一認定のとおりである。

(4)  被告一馬は、被告晶行が無断で被告車両を無免許運転して本件事故を起したものであるから、当時すでに運行供用者たる地位を喪失していた旨主張する。

成程、〔証拠略〕を総合すれば、被告等主張事実第四項(一)ないし(三)が認められるけれども、未だ右事実のみによつては前記特別事情の存在を認めるに足りず、他に右特別事情の存在を認めうる証拠はない。却つて、右証拠によれば、被告晶行は被告一馬の長男であり、昭和三九年四月第二種原付免許を受け、昭和四一年三月一日、工業高校卒業後直ちに本件工事に従事するようになり、被告車両の鍵の保管がずさんで誰でも容易に手に入れうる状態であつたところから、これまでも時々現場用に使われていた被告車両の運転をしたことがあつたこと、当時原告の同乗を拒絶することが必ずしも困難ではなかつたが、同じ現場に働く従業員のよしみから結局好意的に同乗を許諾したこと、電話による生コン会社の返事を信頼しえず、直ぐ生コンが来なければ工事の進捗に大きな支障を来すところから、原告のすすめに応じて生コン会社に赴き、生コン車の出発を確めたうえそれに追従して進行中本件事故を起したことが認められるのである。

そうだとすれば、このような被告晶行と被告一馬との身分関係、雇傭関係、日常における被告車両の使用管理状況、無断運転の動機その運行によつて被告一馬にもたらされた事業上の利益等に鑑みると、被告晶行の無断運転行為は所用が済み次第短時間内に帰還して被告車両を返還することを当然に予定してなされたものと認めうるから、未だこれによつて被告一馬の被告車両に対する一般的運行支配が喪失したとは到底解することができない。

従つて被告一馬は、本件事故当時なお被告車両の運行供用者たる地位を保持していたといわねばならず、同被告主張の前記抗弁は失当である。

2  次に被告一馬は、原告が自賠法第三条本文にいう「他人」に該当しない旨主張するので検討する。

右「他人」とは、原則として、当該自動車の保有者および運転者以外の者を指称し、なお同乗者については例外的に、同乗者の強制により運転者の自由な意思が抑圧されたためにその同乗を阻止できなかつたような場合には、かかる同乗者は右「他人」に該当しないものと解するのが相当である(最判昭四二・九・二九判例時報四九七号四一頁参照)。

原告が被告車両の保有者や運転者であることを認めうる証拠はない。

また、前記二1(4)の認定事実によつては、未だ原告が右例外的同乗者に該当すると認めることはできず、他に該事実を認めうる証拠はない。

そうだとすれば、原告はやはり自賠法第三条本文にいう「他人」に該当するものといわざるを得ず、被告一馬の前記抗弁も失当である。

3  従つて、被告一馬は自賠法第三条により、本件事故によつて負傷した原告の身体侵害による損害を賠償すべき責任があるといわねばならない。

(二)  被告井樋晶行

〔証拠略〕によれば、原告主張請求原因事実第二項(二)が認められ、他に右認定を左右しうる証拠はない。

そうだとすれば、被告晶行には、道路交通法第二六条第一項、第七〇条所定車間距離保持義務、安全運転義務違反の過失があることが明らかである。

従つて、被告晶行は民法第七〇九条により、右不法行為によつて被害者たる原告に加えた損害を賠償すべき責任があるといわねばならない。

三、損害について

(一)  休業補償

1  原告は、月平均賃金四五、〇〇〇円の収入を得ていた旨主張するけれども、証人古賀八重子、原告本人の各供述中これに符合する部分は、〔証拠略〕と対比して採用することができず、〔証拠略〕によれば、原告は当時月平均賃金三八、〇〇〇円の収入を得ていたことが認められる。

2  原告は、昭和四三年一二月末日まで稼働不能になつた旨主張するけれども、〔証拠略〕これに符合する部分は、〔証拠略〕と対比して採用できず、〔証拠略〕を総合すれば、原告は遅くとも昭和四三年三月末日には稼働可能の状態になつたことが認められる。

3  右1・2の事実によれば、原告が右休業期間中に得べかりし収入は、次式のとおり金九一二、〇〇〇円となる。

38000×24=912000

4  ところで、原告がその後被告一馬から休業補償金として合計金一五二、〇〇〇円の支払を受けたことは、原告の自認するところである。

5  従つて、3の金額から4の金額を控除すると、原告が求めうる休業補償は、金七六〇、〇〇〇円となる。

(二)  後遺症による逸失利益

1  〔証拠略〕によれば、原告にはその主張のような頭部外傷後遺症とその主張のような右手第二指運動障害がのこり、主として前者により原告の稼働能力が半減したことが認められ、他に右認定を覆しうる証拠はない。

2  そして、原告は今後三〇年間稼働能力半減による逸失利益の賠償を求めているけれども、〔証拠略〕によれば、原告の頭部外傷後遺症は、補償欲求に基因する賠償神経症であると認められるので、本件第一審判決の言渡により前記頭部外傷後遺症は解消し、稼働能力が平常に回復するとみるのが相当である。

従つて稼働能力半減による逸失利益は、前記認定にかかる月収金三八、〇〇〇円の半額金一九、〇〇〇円に、原告が前記(一)2で認定したように稼働可能となつた昭和四三年四月からこの判決言渡のある昭和四四年一二月までの二一ケ月を乗じて得られる金三九九、〇〇〇円となる。

(三)  慰謝料

1  〔証拠略〕によれば、原告主張請求原因事実第三項(三)が認められ、他に右認定を動しうる証拠はない。

2  〔証拠略〕によれば、原告は昭和一〇年二月五日生であり、前記認定のような原告の職種に鑑みると、原告は本件事故によつて負傷しなければ、少くとも昭和四三年四月から満五五歳に達するまでの二二年間は同種の職業につくことができたものと推認するのが相当である。

ところで、前記運動障害は自動車損害賠償保障法施行令別表後遺障害等級別表の第一一級に該当する。

3  結局右1、2等諸般の事情を斟酌すれば、原告の慰謝料は金一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

(四)  損害額の合計

右(一)ないし(三)の各事実によれば、原告の損害額は、合計金二、一五九、〇〇〇円となる。

四、過失相殺について

(一)  原告は、前記二(一)1(4)認定のとおり、被告晶行の無断無免許運転を知りながら同乗し、さらに危険な夜間の国道を通つて遠隔地である熊本市までその継続することを慫慂した重大な過失により、本件事故の発生を助けたことが明白である。

そこで損害の公平な分担の見地に立つて、原告の右過失を斟酌すると、前記認定の損害のうち被告等の責に帰すべき限度は、その一〇分の三すなわち、金六四七、七〇〇円と認めるのが相当である。

(二)  結局、被告等は、原告に対し各自右過失相殺後の損害額金六四七、七〇〇円およびこれに対する本訴状送達の翌日たること記録上明らかな昭和四三年二月一〇日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を負うことが明らかである。

五、結論

よつて、原告の被告等に対する本訴各請求は、右認定の限度において理由があるからこれを認容し、その他は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条本文を、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 辰己和男)

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